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新ワード紹介(24)ヒルの基準(関連強固性,時間性,一貫性,整合性,量反応関係,生物学的妥当性など)【令和6年版 医師国家試験出題基準】

令和6年版医師国家試験出題基準(118回国試より適用)から,新しくガイドラインに加わったキーワードを紹介していくこの企画.今回はヒルの基準についてご紹介いたします.

目次

出題基準のどこに追加されたの?

医学各論Ⅱ-3「疫学とその応用」に追加されました.

ヒルの基準とは?

疫学研究では原因と結果の関係,すなわち因果関係を明らかにすることが肝要です.
しかし,因果関係の厳密な証明は困難であるため,様々な角度からいわば搦め手で因果を判定することになります.
この因果関係の判定に際して,英国のBradford Hillが1960年代に提唱した因果性の判断基準が,時代を超えて今も使われています.

本項では,9項目の基準を示しつつ,「その項目だけでは因果関係の証明に不十分な理由」を探ってみましょう.

  1. 強固性(Strength):曝露と疾病に強い関連が認められること.統計学的な有意性も含まれますが,臨床的・生物学的に役立つかどうかとは必ずしも直結しません.また,解析手法によっても見かけの結果が変わることがあります.
  2. 一貫性(Consistency):多様な集団,様々な場所や時間(時期)でも同様な結果が得られること.医療技術の進歩や社会体制の変化で,以前の知見が当てはまらなくなる例があります.COVID-19を例にとると,変異株の流行の変遷やワクチン・治療法の進歩とともに,流行初期に認められていた致死率や感染力などの結果が変わってきています.
  3. 時間性(Temporality):疾病よりも前に曝露があること.これは因果の証明に際する必須項目と考えられています.例えば,横断研究は曝露と疾病の情報を同時に収集・分析する研究デザインのため,時間性が証明できず,結果のエビデンスレベルが高くないとされます.一方,前立腺腫瘍のように潜伏期間の長い疾病の場合,表面上・分析結果としては曝露が早く起こっていたようにみえても,実は順序が反対である例もあります.
  4. 量反応勾配(Biological gradient):生物学的な用量―反応関係が成り立つこと.ただし,因果が直線的であることは実際にはあまりなく,非線形であったりプラトーに達したりする場合もあります.また,BMIと死亡率のように,曝露の値とリスクとの関係がJ型(U型)カーブを描く例もよく認められます.
  5. 特異性(Specificity):ある曝露が1つの結果と結びついていること.しかし複数の結果に結びつく場合は直接この項目に当てはまらないため,近年はあまり重要視されていない項目です.
  6. 生物学的蓋然性(Biological plausibility):生物学的にも因果が妥当と考えられること.生物学の発展とも密接に関連します.19世紀の中頃に行われた英国のジョン・スノウによるコレラへの公衆衛生学的対策に関しては,当時コレラ菌が発見されていなかったため,対策の有効性や原因を巡る論争が長く続きました.
  7. 整合性(Coherence):過去の経験や知識との一致.現在,一般に認められている科学的知見との齟齬がないかどうかで判定されるので,まったく新しい領域では当てはまらないこともあり得ます.ただし,人類の膨大な知の蓄積を覆すような発見は,そう滅多に起こるものではありません.
  8. 実験的証拠(Experiment):治療介入や曝露因子の除去など,実験的に何か操作した結果として得られる証拠.生活習慣の改善なども含まれ,そのための強力な研究デザインがランダム化比較試験です.しかし,特異性と同様に複数の因子が複雑に交絡するような場合には直接の証拠が得られないこともあります.
  9. 類似性(Analogy):他の事例から類推できること.例えば,高コレステロール血症が心筋梗塞のリスクであるなら,類似の疾患である脳出血のリスクでもあるだろうとの推測です.ただし,この例のように推測が当てはまらない(脳出血のリスクは低コレステロール血症)場合もあります.

以上のように,ヒルの基準の項目それぞれが単独で良いということはなく,あくまでも組合せで判定されることに留意してください.
また,難病などの疾病診断の基準と異なり,何項目を満たせば必ず因果関係が証明されるとみなすものでもありません.

出題基準に追加された背景は?

疫学は数値を相手にしながらも,結果をクリアカットに100%断言できないことが普通です.
その意味で,疫学は数学や物理学とは似て非なるもので,実は医学に近い学問ともいえます.
ヒルの基準は,疫学研究の結果の曖昧さの中から科学的な根拠を同定し,議論を進め,実地臨床につなげるための大事な判断の拠り所です.

過去問での出題状況は?

新出題基準が適用された118回国試では,疫学的因果関係に関する出題がありませんでしたが,過去には疫学的因果関係の必須条件が109回国試の109E1で問われています.

109E1
要因Aが疾患Bのリスクファクターとなる条件として不可欠なのはどれか.
a 要因Aが疾患Bの発症に先行する.
b 要因Aを疾患Bの多くが有している.
c 要因Aが存在しないと疾患Bは発症しない.
d 要因Aが疾患Bに対して量−反応関係がある.
e 要因Aによって疾患Bが発症することを動物実験で再現できる.

正解はaです.
ただし,他の選択肢はヒルの基準と必ずしも一致しません.

実は,因果関係の証明にはヒルの基準と並んで,米国公衆衛生局が提唱した5条件が頻用されています.
これは,一致性(Consistency)特異性(Specificity)時間性(Temporality)整合性 (Coherence)強固性(Strength)からなり,『公衆衛生がみえる 2022-2023』p.11にも掲載されています.
ただし,この5条件における特異性は,要因と疾患の間の特異的な関連を指しており,ヒルの基準の特異性とは意味合いが異なります(そのためか,令和6年度出題基準でも,時間性や一貫性などは備考欄に明示されていますが,特異性の語は省かれています).

いずれにしても,原因(曝露)が先で結果(発症などのアウトカム)が後,という関連の時間性が,疫学的因果関係を強く支持する条件であることを理解しておきましょう.

確認問題を解いてみよう!

Q.ヒルの基準に含まれないのはどれか.

a 一貫性
b 新規性
c 整合性
d 実験的証拠
e 量反応勾配

A.答えは記事の最下部にあります!


いかがでしたでしょうか.次回の連載もお楽しみに!

※執筆:浅山 敬(帝京大学医学部 衛生学公衆衛生学講座 教授)

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