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【いいんちょーの僕です。】第8回 「他人(ひと)の不幸でメシを食う」

 

 

とある診療科の実習中,外来診療を見学した時のお話です.

 

 

僕が外来の見学についた先生は,その界隈では名の知れた外科医だと聞いていた.この前日に手術を見学した際には,患者さんに大量出血の危険がある状況下で冷静に手技を進め,最終的な出血量を極少量に抑えるという過程を目の当たりにした.

 

どちらかというと口数は少なく,人当たりがいいという訳でもない.ただ,抑えられた声調で淡々と話す様子には飾り気がない分,誠実さと安心感があった.外来でのやりとりを見ていても,患者さんが信頼を寄せていることがすぐにわかる.先生は手術と変わらない様子で,丁寧に粛々と診察を進めていた.

 

手術と診察を高い水準で両立している姿に僕はすっかり感銘を受けてしまい,外来の合間にこんな質問を投げてみた.

 

「手術と外来,どちらの方が好きだとかはありますか?」

 

すると先生はすこしの間を置いてからこちらを振り返り,「そんなことは考えたことがない」と応えた.

 

「どんな人も出来るなら医者にかかりたくないし,かからなくて済むのが一番.目の前の患者が病院へ来なくてもいいように何をするか,そのことだけを考える.そのために手術が必要ならするし,しなくていいなら絶対にしない.ただそれだけのことで,自分がやることの好き嫌いを考えたことはない.」

 

そして最後に,次の言葉で締めくくった.

 

「医者は,他人の不幸でメシを食っているんだよ.」

 

 

憧れとされている職業

 

昨今のテレビ放送では,医療をテーマにした番組が流れない日はないように思う.そしてそこには必ずといっていいほど,解説や助言を行う立場に医師が登場している.ニュースやワイドショー,そしてバラエティに至るまで,ジャンルを問わず活躍の幅を広げているようだ.さらに医療系のドラマ作品も数多くつくられていて,有名俳優さん達の扮する医師は大抵が命を救うヒーローとして描かれている.そんな華々しいイメージからか,子ども達を対象にした「なりたい職業ランキング」といったものには,毎年のように医師が上位に入っているようだ.

 

このように少なくない人達が一度は憧れる医師という職業が,この先生に言わせると「他人の不幸でメシを食う仕事」らしい.一見して世間のイメージとはかけ離れたこの言葉の意味を,僕は直ぐに飲み込めなかった.

 

しかし実習が終わった後も,この言葉は僕の頭をぐるぐると回っている.自身にとって小さくないインパクトがあったことは間違いないようで,僕は自分が理解できる形にまでその意味を咀嚼したいと考えた.

 

 

医療者が医療者であるために

 

全国に医師を含む医療従事者は数多くいるが,彼らに共通する医療の目標やミッションというのはシンプルなものではないだろうか.それはつまるところ,「患者さんの健康を取り戻したい」ということにざっくりと集約できると思う.

 

けれど突き詰めて考えてみると,医療者はこんなジレンマに行き当たる.彼らは人々の健康が良い方向へ向かうことを願うけれど,同時に「医療を必要としないほどに健康な社会」を望むことは難しい.なぜなら,世界がその実現に近づくほど彼らは職を失うことになり,生活を営むことが難しくなるからだ.おいしいパンづくりを極めても顧客は増えるばかりだが,医療を極めて皆が健康になってしまえば,患者はいなくなってしまう.

 

つまり,医療者が医療者として社会に存在するためには常に患者が必要であり,医療機関は常に患者を求めている.これはパン職人やレストランが顧客を必要としていることと何も変わらない.現代において医師が様々な場で活躍できるのは,共通して健康を害してしまった人の存在があるからに他ならない.また僕らが医療ドラマに強く心を揺さぶられる瞬間,そこにも命の危機に晒された患者さん役の存在が欠かせないのである.

 

(1) 医師という職業が成り立つためには,患者の存在が必要

(2) 病気は,私達にとっての不幸と結びついている

 

もしもこの2つに異論がないとするなら,「医師は他人の不幸でメシを食っている」という言葉は,ある意味で的を射たものと言えるのかもしれない.

 

 

「人の健康上の不幸を取り扱い,それを自身の生活の糧とさせてもらう」という,今回のことをきっかけに気づいた医師のリアル.これから医療行為を行うにあたって,僕はこのことにいつでも自覚的でありたいと思う.なぜかというと,その自覚から自然に導かれる謙虚さというものが,あの先生の真摯な姿勢をつくり出しているのかもしれないと思うからだ.

 

 

■筆者プロフィール

大山一慶:関東にある大学の医学部5年生.慶應義塾大学法学部卒業.株式会社リクルートへ入社後,脱サラしバンドマンに.その後いくつかのキャリアを経て,現在の大学へ入学.第252回日本循環器学会関東甲信越支部Student Award最優秀賞.心電図検定3級.ディープラーニングG検定2020#1.ご連絡はmailもしくはtwitterまでどうぞ.