コラム

【いいんちょーの僕です。】第14回 “AYAがん”を経験するということ vol.3

こんにちは!医学部5年の大山です.

今月は卒業シーズンですね.6年生の皆さん,ご卒業おめでとうございます^^

そして私たちも来月から最高学年ということで(実習のおかげで実感湧きませんが…),残り1年の大学生活も楽しんでいきましょう〜!

16歳で悪性リンパ腫を経験された,松井基浩先生

前回前々回のコラムにひきつづき,今回も“AYA week 2021″(外部サイトへ)有志企画の一環としまして,若年の時期に“がん”を経験された方へインタビューをさせて頂いています.

最終回となる今回お話をお伺いするのは,東京都立小児総合医療センターにて小児腫瘍科医として勤務されている,松井基浩先生です.

松井先生は16歳の時に悪性リンパ腫と診断され,その闘病生活の中で”小児のがん患者さんを支える医師になる”ということを決意されたそうです.大学在学中には若年性がん患者団体“STAND UP!!”(外部サイトへ)を設立し,昨年11月にはAYA世代のがん患者さん向けに情報提供用LINEアカウントをつくられるなど,“患者”と“医師”それぞれの立場を経験されている先生ならではの活動を精力的に続けられています.

このインタビューでは,ご自身のがんのご経験や大切にされている想いについてお伺いし,さらに医学生に向けて“AYAがん”と向き合う際のメッセージを頂きました.

 1.松井先生のAYAがん体験

– 本日はよろしくお願いします.松井先生は高校一年生の時に悪性リンパ腫を告知されたとのことですが,その当時のことを教えて頂けますか.

当時は運動が好きな本当に普通の高校生で,それまで病気をしたこともありませんでした.通っていた中高一貫の学校で毎年マラソン大会があったんですが,その年の選抜レースでは息苦しくなり,初めて落ちてしまったんです.“これはおかしい”と,落選した理由がほしくて学校帰りに病院へ行ったというのが最初のきっかけでした.

そこからあれよあれよという間に色々な検査をされて,CTを撮られて点滴をされ,親が呼ばれるというような感じでした.親が医師から話を聞いた後に呼ばれて診察室へ入ると,貼ってあったレントゲン写真の心臓辺りにドカーンとでっかいものがあるのがわかりました.そして親と医師との会話の中で“がんセンターを紹介してくれ”という言葉があって,その時に初めて,レントゲンで見えたものが“がん”だということを知ったんです.

– その時はどのような気持ちでしたか.

当時は“がん”という言葉に対して何かを学んでいたわけじゃないんですが,おそらくテレビなどの影響から“自分の命が危ないんじゃないか”ということはすごく思って,初めて“死ぬ”ということを意識したのを覚えています.

その日の夜は頭も整理できていなくて,もうとにかく怖くて泣いていました.“一体どうなるんだろう”という気持ちがほとんどで,何も考えられない感じでしたね.翌日,紹介された国立がんセンターで受診してみると,前縦隔の腫瘍で気道が圧排されている“オンコロジーエマージェンシー”の状態だったため,緊急入院という形になりました.

– 治療を始められてから,どのようなことが大変でしたか.

抗がん剤治療が始まると,食欲もなくなるし気持ち悪いし,独特の変な感覚というのが間違いなくあるんですよね.治療が続いてくると,薬剤を見るだけで気分が悪くなってしまったりもしました.

そこで治療のことだけを考えているとかなりつらくなると思うんですが,幸いなことに自分の周りには同じような仲間たちがいっぱいいたんです.彼らと一緒に遊んだり,院内学級に通ったりする中で気を紛らわせながら治療できたのはすごくよかったです.気分の不快感などからくる気持ちの落ち込みについては,日常生活によって軽減できる部分はすごくあるなと感じます.自分自身はそこに助けられて,治療中は気持ち悪さもあったし髪も抜けたりしたけれども,耐えられないつらさではなかったかなと思っています.

– 具体的に,入院中はどのような生活をされていたのでしょうか.

今振り返っても本当に恵まれた環境だったんですが,朝になると院内学級の先生が起こしに来てくれたんです.先生が「授業行こうよ」と誘ってくれて,周りの友達とも「行こうよ」という感じになって.院内学級では書道や家庭科など,勉強だけじゃない科目をいっぱい入れてくれていて,すごくリフレッシュできたことを覚えています.それで学校が終われば,同年代のみんなでプレイルームに集まってゲームをして,昼ごはんをみんなで食べて,また夜も遊んでと(笑).一日中楽しんでいましたね.

– その入院生活の中で医師になることを決められたと伺ったのですが,どのようにしてそのような決意に至ったのでしょうか

今お話しした日常生活が生まれるまで,最初は気持ちの落ち込みですごく塞ぎ込んでいたんですね.当時は“なんで自分がこんなことにならなきゃいけないんだ”って,受け入れることが出来ずにすごく反抗していたんです.当時の医療スタッフの人たちからすると,とても近寄りがたかったと思います.

ただ,そんな中でも僕より先に入院していた子どもたちが無茶苦茶明るくて,自分が閉じこもっていた病床のカーテンをシャッと開けて,「遊ぼう」と言って遊びにきたんです.自分は今でこそ小児科医をやっているものの,当時はあまり子どもとからんだこともなくて,正直苦手だったんですよね.だから最初は開けられたカーテンをシャーッと閉め返したのですが(笑),彼らは何度でもカーテンを開けて「遊ぼう」と言ってきてくれたんです.

そうやって病棟の子ども達と自然と仲良くなっていく中で,彼らが親や医師と話している姿を見ていてわかったことがありました.それは,“あの子たちは自身の病気のことについて,何のために治療をしているのか,何をしなきゃいけないのかをしっかり理解している”ということです.たとえば,当時小学5年生だった子が足の切断をするかどうかについて,「治すためだったら自分は切る」と,自分でその決断をしていたんですね.

“すごいなぁ.自分の病気をしっかり見据えて,治すために何が必要なのかを考えて,ちゃんと自分で考えながら闘病しているから明るく治療できるんだな.”

彼らを見ながらそう思った時,それまで「なんで自分だけが」と思っていたことがすごく恥ずかしくなりました.そこで自分も,“みんなと一緒に治療したい,前を向いて治療しよう”と思えたんです.

こうやって自分の気持ちを前に向かせてくれたのが“小児がん”の子ども達で,彼らを支えることができる仕事をしたいと思った時,「自分は医者になりたい」と思ったんですね.そう決めてからは,入院中から周りの医療スタッフ全員に「医者になります」ということを公言していたことを覚えています.

– “人生を決めてもいい”と思えるほど,ご自身の中で大きなものがあったということなんですね.

そうですね.やっぱり当時,自分の中では本当にどん底にいたので,彼らがいなければずっと沈んでいたかもしれないし,つらい生活をずっと送っていたかもしれない.そこで「将来は自分を救ってくれた,“小児がん”と闘っている子どもたちのために何かをしたい」という強い気持ちが生まれたんですよね.

– 入院期間を終えられた後も,治療は続いたのでしょうか.

はい.退院後も飲み薬と,髄液中に抗がん剤を入れる治療を定期的に受けながら復学をしました.入院中よりも治療の負荷は軽かったんですが,社会復帰をして日常生活を送りながらという中での(薬剤による)気持ち悪さはしんどかったです.

そしていざ復学をしてみると勉強が全然ついていけず,授業でも何を言っているのかさっぱりわからない状況でした.それと自分は高校一年生の途中から学校を離れてしまったので,復学した時はすでに友達の輪ができていたりして,そこに入っていくのは結構労力がいるなと思いましたね.そのような中で治療のしんどさもありましたし,髪の毛のことで視線が気になったりということもありました.外来治療でもパラパラと髪の毛が抜けたりしていて,容姿の問題は年齢的にもメンタル面ですごくつらいことでした.自分の中ではあの頃が最もしんどい時期で,学校に行くと気持ちをわかってくれる人もいないし,一体どうしていいかわからないくらい,どん底に落ちてしまったことを覚えています.

– そのような状況から,どのようにして抜け出されたのですか.

もう本当にどん底で,親とも泣きながら喧嘩していたような状況だったんですが,やっぱり最終的に自分の力になったのは闘病中の仲間たちでした.僕が退院した後も入院治療を続けていた先輩たちがいて,彼らも厳しい状況だったんですが,それでも夢を追いながら自分のやりたいことを見据えて治療をがんばっていました.

彼らが一時退院しているあいだ,よく一緒に泊まったりして語り明かしていたのですが,その時自分に「絶対に医者になれ」と言ってくれたんです.「やっぱり病気を経験した人じゃないとできないことが絶対にあるから,お前は絶対医者になるんだ」と,背中を押してくれたんですね.

彼らの言葉を聞いて,もちろん治療のことや勉強が遅れているといった部分は確かにあるけれども,こうして自分の目標を追えたり,やりたいことのために努力できたりということ自体,“夢を追えている”こと自体がすごく幸せなことだと.それができない人もいる中で自分はそれができるのだから,目標を達成するためだけに集中してがんばろう,ということに気づかせてくれたんですよね.

–  “夢を追えることは幸せなことだ”ということを思われてからは,それまでのどん底な気分を忘れるほどに勉強に打ち込まれたのでしょうか?

そうですね.そこからは本当にきれいに気持ちを切り替えることができました.友達をつくりたい,楽しい時間がほしいといった色々な思いはあるけれども,今の自分の能力ではすべてを叶えることはできない.だから“体調がよくて起きている時間はすべてを勉強に捧げる”ということを決めて,それはやり切ることができたと思います.そこはやっぱり自分一人の決意でできたことではなくて,仲間の言葉や想いといったものも一緒に背負ったということが一番大きかったかなと思いますね.

– その結果,見事現役で医学部に合格されたのですね.大学生活では在学中に“STAND UP!!”という“がん”患者さんの団体を設立されたということですが,その経緯を教えて頂けますでしょうか.

大学生活の中で闘病を終えて,“自分だからできることって何だろうな”ということをずっと考えていました.当時,“mixi”というSNSの中で“がん”のコミュニティも色々あって,自分と同じように若くして“がん”になった人たちが書き込んだりしていたんです.そこには周りに同年代の人がいなくて苦しんでいるといった内容があって,自分も経験者なので相談に乗れないかなと思い,そういう人たちと連絡をとったりすることを始めたんですね.するとその中で,“この先こういうことをしたい”といった強い思いを持っている人がすごく多いことがわかったんです.「若い世代はこれから先の人生もある.“がん”の経験を力に変えて,社会を変えることができるんじゃないか」という思いが湧いてきて,それが“がん患者には夢がある”というコミュニティをつくることにつながりました.さらに,“若いがん患者さん同士でアクションを起こしてつながっていこう”という思いから患者会をつくろうということになり, “STAND UP !!”を立ち上げることになったんです.

患者会の運営を始めて思ったのは,AYA世代のがん患者さんは周りに同世代の人がいない,治療の時の“こんな時どうしたらいいんだ”について相談できない,情報を探しても全然どこにもない,というのが普通で,ご高齢者の中で「若いわねぇ,可哀想ねぇ」と言われながら治療を受けている人がほとんどだったんですね.みんな“若い世代で繋がりたい”というニーズがすごくあって,患者会としてどんどん大きくなっていく中でAYA世代が必要としていることや足りていないことなど,生の声をたくさん聞くことができました.そのような患者さん達の声やニーズというものを自分の中にいっぱい残してくれた,とても大切な経験だったと思っています.

–  医師になられてからは一貫して“小児がん”の治療に邁進して来られたと思うのですが,今後のビジョンなどは何かありますか.

僕は昔から全然変わっていなくて,“小児がん”の子どもたちの支えになりたいという思いで生きている中で,やっぱり“がん”を経験した自分だからこそできることをやりたいということをずっと思っています.「医師であり患者を経験したお前だからできることがある」という言葉が僕の原点であると思っているので,医療の世界と患者さんの世界の架け橋になれたらと思いますね.患者さんの視点と医療の視点は全然違っていて,さらに患者さんの声は医療にあまり届かないということは実際にすごく思うところです.“小児がん”やAYA世代の“がん”患者さんのために,自分だからこそできることをより還元していけたらと思いつつ,これからも“小児がん”診療に携わっていきたいと思いますね.

2.医学生に向けたメッセージ

– 私たち医学生の多くは“AYAがん”と診断された方が身近にいないことで,「患者さんにどう接すればいいのか?」という不安があると思います.先生が闘病されていた当時,周りにしてもらえて嬉しかったことや,逆にして欲しくなかったこと等あれば教えて頂けますでしょうか.

たとえば友達が“がん”になってしまったりといった状況であれば,個人的な意見ですが,“普通に接してもらう”ことが僕は一番いいと思っています.患者側としてはやっぱり,病気をしたことで落ち込んだりぶつかったりすることは絶対にあると思うんですが,最終的にすごく感謝している人たちというのは“普段通りに支えてくれた人たち”だと思うんですね.自分自身も,中学の友達がそのまま高校に上がって,違うクラスだったんですけど授業プリントを届けてくれたりだとか,定期的に来てくれて普段通り他愛のない話をしたり,ゲームをしたりしてくれたということがすごく自分の中で支えになったと思っています.

これは診療にも通じるところがあって,子ども達やご両親に接する時も,過度に可哀想だとか思ったりするのではなく普段通りに接してあげるのがいいんじゃないかと思います.ただその時に,患者さん側としては闘病中に気分が乗らない時もあったりするので,思わぬ反応が返ってきたりすることがあるのは知っておいてあげてほしい.ただ,だからといってそこから先の関係が悪くなるわけでは決してなくて,それからもその想いを続けながら同じように接してあげることで,すごくいい関係が築けるんじゃないかなと自分の中では思っています.

– 医学生に向けて,医師になる前の段階でAYA世代の“がん”について知っておいてもらいたいこと,理解しておいてほしいことはありますか.

医学生に知っておいてほしいのは,まずやっぱりAYAの若い世代でも“がん”になるということですよね.年間約2万人が発症しているといわれているので,若くても“がん”になる可能性は十分にあるということは知っておいてもらいたいです.

また,そのようなAYA世代の患者さんは仕事であったり,結婚や子どもができたりといったライフイベントに向かって行かなければいけない人たちです.“がん”を抱えながらこれらのライフイベントに向かっていくというのは,健康な人と比べてもすごく大変なことであるということを知っておいてほしいなと思います.

– 先生が闘病をされていた高校生当時,医療従事者側とのやりとりについて何か感じたことはありましたか.

医師や看護師さんについて,“人間味を出してもいいんじゃないかな”と個人的には思っています.医療従事者として完全に割り切られるよりは,ある程度自分を見せてくれる人たちの方が,特にAYA世代の患者さんにとってはすごく接しやすいと思いますね.自分自身,闘病中そのように接してもらった時にその人をすごく信頼できたという経験もありますし,ある程度の“素を見せる瞬間”があると信頼されやすいと思います.なので,医療従事者として距離をとったりすることは大切だけれども,距離は保ちながらも自分自身として接する時間があるといいんじゃないでしょうか.

– 今回,初めて“AYA week 2021”という試みが行われます.私たちのような“がん”の当事者でない若い世代が同イベントに参加することについて,どのような意味があるとお考えですか.

やっぱり「AYA世代の“がん”を知ってもらう」ということが一番大きなポイントになるんじゃないかなと思います.AYA世代の“がん”を総合的にみると,ライフイベントが多いということが大きくて,これはつまり患者さん達が社会に帰っていくということを意味しているんですね.“がんと共生”と言われたりしますが,がんの治療後だったり治療しながらといった中で社会に帰っていき,生活している人たちが多いんです.

AYA世代の“がん”患者さんが抱える社会的困難はいっぱいあるのですが,周りの理解があることで解決することもたくさんあると思います.仕事のこと,恋愛や結婚などについての困難を知ってもらうことで,AYA世代の“がん”患者さんたちにとってすごく生活しやすい環境になると思います.これは医療だけでは実現できないことで,社会全体に知ってもらうことで初めて実現することだと思いますね.

ですので,今回の“AYA week 2021”のような形で啓発をしていくことは,いま闘病している人たちや今後“がん”と診断される人たちにとって過ごしやすい社会を目指す,その第一歩になるんじゃないかと個人的に思っています.

– 本日は,ありがとうございました.

(インタビュアー:大山一慶,光山悠子,藤野千秋)

企画共催:

聖マリアンナ医科大学第5学年有志・教学部教育課

厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)がん・生殖医療連携ネットワークの全国展開と小児・AYA世代がん患者に対する妊孕性温存の診療体制の均てん化にむけた臨床研究―がん医療の充実を志向して:研究代表者 鈴木直

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◆ “AYAがん”特別講義のご案内

今月3月20日(土),これまで3回のコラムでインタビューに応じてくださった3名のAYAがん経験者の方によるオンライン特別講義を開催致します.

枠が埋まり次第締め切りとなりますので,ご興味のある方は是非以下のURLよりお申し込み下さい.どうぞよろしくお願いします!

全国医療系学生向け オンライン特別講義 参加申込みフォーム

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■筆者プロフィール

大山一慶:関東にある大学の医学部5年生.慶應義塾大学法学部卒業.株式会社リクルートへ入社後,脱サラしバンドマンに.その後いくつかのキャリアを経て,現在の大学へ入学.第252回日本循環器学会関東甲信越支部Student Award最優秀賞.心電図検定3級.ディープラーニングG検定2020#1.ご連絡はmailもしくはtwitterまでどうぞ.

–いいんちょーの僕です。目次–

第15回 「きく」ということについて

第14回 “AYAがん”を経験するということ vol.3

第13回 “AYAがん”を経験するということ vol.2

第12回 “AYAがん”を経験するということ vol.1

第11回 “Post-CC OSCE”という,事件.[後編]

第10回 “Post-CC OSCE”という,事件.[前編]

第9回 あったらいいな!QBオンラインの新機能♪

第8回 “他人(ひと)の不幸でメシを食う”

第7回 病院見学の帰路にて

第6回 朱に交わらず,いられるか?

第5回 実習再開のいま,大切にしたいこと

第4回 すぐに役立つQB実践術!

第3回 過去問を制する者は,国試を制す.

第2回 国試の準備,どうやって進める?

第1回 国試の準備,いつから始める?

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