イヤーノート2025 内科・外科編
【いいんちょーの僕です。】第5回 実習再開のいま,大切にしたいこと
こんにちは.医学部5年生のI.O.です.
緊急事態宣言が解除され,私たちの大学では臨床実習が再開されました.待機場所が分散されたり,手術の見学人数が制限されたりと,新しい環境ですこしずつ身体を慣らしているところです.
この実習再開という節目に,今回は私が「心に留めておこう」とあらためて感じたことを綴っていきたいと思います.
医師にとって大切な“共感”
私たちが医師として働くにあたって,求められる資質や能力にはどのようなものがあるでしょうか.
医学の勉強を続ける“勤勉さ”,手術に必要な“集中力”や,ハードワークに負けない“体力”など…思い浮かべるものは色々ありますよね.
それらと並んで,医師には欠かせないといわれる大切な要素があります.
…それは,
「共感」です.
“医師は共感性を持つことが大切”という考えは,国や文化を問わず広く浸透していると思われます.医学部の生活の中でも,一度は目にしたことがあるのではないでしょうか.
この「共感」という言葉ですが,日頃からさりげなく使っているものの,その意味を正確に表すことは非常に難しいとされています.たとえばJefferson Medical CollegeのHojat氏らは,医療における「共感」を以下のように定義しています.
さらっと読んでも今ひとつよくわからないような…あらためて定義の難しい言葉であることがわかります(苦笑).
共感の正確な意味についてはさておき,米国では個々が持つ“共感性”を客観的に評価するため,これまでに様々な測定ツールが開発されてきました.なかでも“Jefferson Scale of Empathy (JSE)”という質問票には定評があり,日本語を含む数々の言語に翻訳されています.
ここでは,この“JSE”を医学生に用いた興味深い研究を2つご紹介します.
研究① 臨床実習が始まると,共感性が低下した!
2009年に米国で発表された,“The Devil is in the Third Year: A longitudinal Study of Erosion of Empathy in Medical School (悪魔は3年目にいる:医学部における共感性低下の縦断的研究)”という論文があります.
著者であるHojat氏らは,同大学の学生を対象に,入学から卒業までにわたって共感性を測定しました.すると,最初の2年間で変化のなかった共感性は,臨床実習が始まった3年生※の終了時に大幅な低下が見られ,卒業まで続いたという結果が出たのです.同氏らは,「皮肉なことに,カリキュラムが患者ケア行為へと移行している時に共感性の低下が発生している.これは共感性が最も重要な時だ」と述べています.
※米国の医学部は4年制となっていて,臨床実習は後半の2年間で行われる
研究② 臨床実習の実施によって,共感性は上昇した!
上記の調査結果を受けて,日本でも同様の調査が行われました(研究課題名:“医学生・研修医・指導医の共感性に関する探索研究”).東京医科大学の平山教授はJSEを用いて,同大学の学生を対象に共感性を測定していきました.
すると,本調査では米国と同様の結果は認められず,6年生の共感性スコアが最も高くなったという結果が報告されました.同教授は,「参加型臨床実習の実施によって共感性を高めた可能性が示唆された」と述べています.
臨床実習は,医学生の共感性に大きな影響を与える
このような研究結果の差異については,「文化的背景の違いや教育システムなどの違いが原因として挙げられる」と考えられているようですが,まだ具体的なことはわかっていないようです.もしかすると,国内にある医学部の中でも結果は異なってくるのかもしれませんね.今後の研究結果を,楽しみに待ちたいと思います.
…さてここからが本題ですが,私が日米の研究結果から学んだのは,「臨床実習って,よくも悪くも学生の共感性に大きく影響するんだなぁ!」ということでした.そしてそれは,臨床実習に対する私の心構えを変えていくきっかけとなったのです.
私が先述した米国の論文を初めて知ったのは,臨床実習が始まってちょうど1ヶ月が経過した頃でした.当時の私はちょうど実習内容について理想とのギャップに直面し始めていて,お世話になっていた医師にその思いを吐露したところ,この論文のことを教えてもらいました.
調査結果についても興味深かったことはもちろんですが,私が最も目を引いたのは,臨床実習を経験した米国学生たちのリアルな声です.同調査では,“患者と医師の関係に対する見方を変えた経験”について学生に自由記述欄を設けており,論文にいくつかの回答内容が記されていました.
…驚いたのは,これらの内容について,当時の私にとっても思い当たる節が多くあったことです.
「海外の臨床実習でも,同じようなことを経験しているんだなぁ」としみじみ感じながら内容を反芻していた,ちょうどその時でした.私は,米国の学生達が共感性を大幅に下げるきっかけとなった経験を,今まさに自分が経験していることにはたと気がついたのです.
「知らないうちに,自分の共感性も損なわれているかもしれない」
ということを自覚した瞬間でした.
臨床実習が共感性に与えるリスク
臨床実習での経験は,決してネガティブなことが多いわけではありません.現場では新鮮な気づきや学びが多くあり,中には医療従事者の言動に感銘を受ける場面や,「この人のようになりたい」と憧れを感じる場面も多いと感じます.
その一方で,たとえばモヤモヤとせざるを得ないような医療従事者の言動に出くわす状況も,限定的ではありますが存在します.そのような言動は患者さんに向けられたり,同じ医療従事者へ向けられたり,時に私たち医学生に対しても向けられます.米国での研究を参考にすれば,それらの言動が私達の共感性に負の影響を与えるリスクはあると考えていいでしょう.
上述した東京医科大学での調査では,学生だけでなく指導医にも共感性の測定が実施されました.そして報告書には,「指導医のスコアも決して高くないという結果より,『共感は決して重要ではない』というHidden Curriculum※が存在している可能性が示唆された」と結論づけられています.
※Hidden Curriculum(隠れたカリキュラム):教育する側が意図しないままに学生へ教えられていくものを指す
…ただし,稀に目にする一部の言動が,いつも私たちの共感性をすり減らすわけではないと考えられます.東京医科大学では上記のような指導医の下であっても,実習後の共感性スコアは最高値を記録しています.また先の米国調査において,「 良い医師から“すべきこと”を学び,悪い医師から“すべきでないこと”を学ぶ!」と力強く述べている学生もいました.
つまり私たちの心がけ次第で,負の影響を最小限にしつつ,共感性を維持あるいは強化していくことは可能であるはずです.
「まぁ,そんなもんか」という麻酔
それでは,共感性を損なうリスクから身を守るため,私たちは具体的に何をすべきでしょうか.
今回ご紹介した調査研究を目にしてから,私は実習に存在する負の側面を容易に取り込まないことを心がけるようになりました.具体的には,「まぁそんなもんか」という無意識の声を察知するように心がけています.
人は思わしくない状況を目にすると,最初は生理的な反応が起こります.私の場合,違和感や不快感を覚え,つづいて疑問や不信,あるいは怒りなどが湧いてくることが多いです.
しかし,同じ体験を何度も繰り返していると,次第に「まぁそんなもんか」という声が無意識に浮かぶようになります.この言葉は,最初に感じた生理的な反応を麻痺させる効果を持っています.
そしてこの声に対して無自覚のまま,生理的な反応を麻痺させ続けると,やがて本当に何も感じなくなるようになります.そして最終的には,当初あれだけおかしいと感じていたことを,いつの間に平然とやってのける側にまわってしまう.
私はこの状態を,“共感性の喪失”と呼ぶのではないかと考えています.
おわりに
医師として働く際に,求められる資質や能力とは何か.
冒頭で例に挙げた“勤勉さ”や“集中力”,“体力”などについて,残念ながら私にはまったく自信がありません(涙).
…ただ少なくとも,私なりに人への「共感」だけは大切にし続けられるような,そんな医師になりたいなと,実習の再開を経てあらためて考えているところです.
最後まで読んでいただき,ありがとうございました.
今回は,このあたりで!
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■筆者プロフィール
I.O.:関東の医学生.1回目の大学で法学部を卒業後、会社員や音楽活動などを経て医学部へ入学.日本循環器学会関東甲信越支部Student Award最優秀賞.心電図検定3級.ディープラーニングG検定2020#1.
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–いいんちょーの僕です。目次–
第17回 国試の結果とご挨拶 (付録:Post-CC OSCE対策のコツ)
第11回 “Post-CC OSCE”という,事件.[後編]